小さな箱をひとつ抱えて

私は歌をうたうのが得意です。いま流行の歌から大昔の演歌まで、歌詞とメロディーさえわかれば大体なんでも上手に歌うことができます。だから急にお金が必要になったら、駅前に立って小さな箱をひとつ抱えて、みんなが喜びそうな歌をうたいます。立ち止まって聴いてくれるお客さんのうち、「うまい」「感動した」「ありがとう」と言ってくれる人は、その小さな箱に、十円玉や百円玉、うまくいけば五百円玉や千円札を、微笑みながら入れてくれるはずです。駅前に立って選挙の演説をする人よりは、気分の晴れやかになる歌をうたう方が、みんなも喜ぶでしょうから、お金があっという間にたまるのも有りえない話ではないと思います。

駅前で歌をうたって小さな箱いっぱいにお金がたまったら、こんどは楽器屋さんへ行ってリコーダーやハーモニカを買います。フルートでもタンバリンでも何でもいいです。そしてふたたび駅前に行き、買った楽器で演奏しながらまた歌をうたいます。楽器の音色と私の歌声とが調和してうつくしいハーモニーを奏でたら、最初のときよりもお客さんの数が増え、小さな箱の中からお金があふれそうになります。私は気分をよくしていつまでも歌いつづけます。一日の終わりには、小さな箱が五つも六つもできているかもしれません。歌はみんなを笑顔にするばかりではなく、ときにお金をもつくってしまうものなのです。

私の理想的なお金の稼ぎ方を書きましたけれども、現実にはこう上手くはいきませんよね。駅前で歌をうたったって、朝の忙しいときにやられたら通行人もいい気はしないでしょうし、ましてお金を入れてくれる人なんて、ほんの一握りです。それならば、もっと現実的に、あさ駅前に立って選挙の演説をする人の、お手伝いを申し出て、なけなしのお金を得るほうが賢いやり方である気もします。でもどうせなら大好きな歌をうたってお金をつくりたい。私はやっぱり歌いたいのです。自分の好きなことでお金をつくりたい。だから、せめて夢の中であってもいいから、私は駅前で歌をうたおうと思います。小さな箱をひとつ抱えて。

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